企業の外交と国の外交

 

 

                                                            宋 文洲

先日、電気屋の店員さんの質問にびっくりしました。「中国の携帯はスマート 
フォン化は進んでいるのですか?」ほかの国ではガラケーが存在せず、殆どの 
ユーザーが最初に持つ携帯がスマートフォンであることを知らなかったようです。 
 
海外留学と海外進出が減り続け、内向きの思考パターンが蔓延している今、 
多くの方々は接触範囲が狭く、びっくりするような「情報」を持っています。 
その「情報」は狭い生活圏や同じ環境を持つ日本のマスコミから来るので仕方が 
ない側面もあります。 
 
生活のうえでは困りませんが、国際ビジネスや外交となれば情報力の無さは 
致命的です。これは国内営業も同じなのですが、製品の性能や営業の熱意よりも、 
顧客のニーズ(事情、好み、悩みなど)を掴むことが最も重要なのです。 
 
製造業の方々は未だに「良いものが売れる」と信じる方が多いのですが、 
「売れるものが良いもの」と言い続けるのは私の信念です。言葉遊びのよう 
ですが、徹底的な相違があります。前者は自分の願望を最重視し、後者は 
顧客の情報を重要視しているのです。 
 
北京で生活していた5年間、よく日系企業と中国企業のトラブル処理に関わって 
いました。トラブルのほぼ全部は情報(つまり相手の考えや動き)の間違いに 
由来するのです。その間違いが溜まるとトラブルが起きるのです。 
 
日中双方の企業内部に友人知人を持つ私からみれば最初はどちらも悪意は 
ありませんでした。しかし、相違が拡大しているうちにお互いが相手に 
嫌悪感を持ち始めて悪意を帯びた言動が増えて行くのです。それがやがて 
破局に繋がるのです。 
 
日本企業側の最大の問題は情報が取れないことです。情報チャネルが少ない 
うえ、相手の内部に友人、つまり本当のことを教えてくれるパイプを持たない 
のです。言葉の壁も厚く、間接情報に担当者の個人的感情と想像も入れて 
上司に報告するのです。外部からの情報が少ないのに内部の会議がやたら多く、 
主観交じりの伝言ゲームで「情報」を確定していくのです。 
 
たまに日中間のトップ会談も有りますが、私が知っている限り日本のトップは 
トップ会談でトラブルの議論を避ける傾向が強いのです。本来、これこそ 
破局を避ける最後のチャンスですが、欧米での経験を持つような日本の方々も 
これを避けたがるのです。 
 
民主党政権の尖閣諸島(中国名、釣魚島)の「国有化」を発表した際、私は 
北京に居ました。あるパーティで日本大使館の要人が私の隣に座っていました。 
「宋さんは政府高官に知人はいませんか。日本政府は悪意があるのではなく、 
国有化の形にしたほうが右翼の上陸を防げるので中国にとってもよいはずだと 
伝えてもらえませんか。」と。 
 
この時、私は絶望感を覚えました。日中政府間のパイプの無さと詰めの甘さに 
絶望を感じました。まさに上手く行っていない合弁企業のトラブルとまったく 
同じパターンです。 
 
先週、当時のヒラリー元国務長官のメールが公開されました。その中に尖閣 
問題に関するキャンベル国務次官の報告メールがありました。 
「私は日本政府と佐々江氏に北京との協議と照会を求めました 
佐々江氏は中国政府は確かにこの計画の必要性を認識しており、最終的に 
受け入れると言っている。私には自信がない。」 
 
国交正常化当時から慎重に扱ってきた問題だけに日本の佐々江外務次官はなぜ 
こんなにも自信を持っていたのかは不思議ですが、私が知っている限り、 
日本の外務当局にはある伝言ゲームが存在していました。「中国要人のT氏が 
了解した」という伝言ゲームです。あやふやな伝言に個人の主観を足した 
典型的な情報収集力欠如による失敗です。(ちなみにT氏は日本外交の古株 
ですが、当時は既に権力の中心から外れていました) 
 
日本が日本の国益に沿って行動するのは当然です。中国と国益がぶつかる場合、 
私が日本の立場を批判しても説得力がありません。しかし、間違った情報を 
使った判断は日本の国益をも損なうのでやめてもらいたいと思います。 
 
年輩の方はご存知ですが、昔、日本では企業のセールス活動は「営業」ではなく 
「外交」と呼んでいました。聞いた時、素晴らしい表現だと思いました。 
企業の外交も国の外交と同じ道理です。「彼を知り己を知る」ことは 
基本中の基本です。



(終わり)