トランプは既に勝った

 

 

                                                            宋 文洲

日本では単なる右翼候補としてしかイメージが伝わっていないトランプですが、
私は昨年から既に好感を持っていました。昨年のクリスマス前にボストンの
ホテルでテレビ弁論の中継を見ていたところ、他の候補達との違いが目立ちました。

その違いは過激さではありません。他の候補達はこれまでの通りの米国エリート
のように振舞いましたが、トランプは自分の考えを述べていました。その考えは
明らかに主流マスコミやエリート政治家の流れに沿っていませんが、かなり
道理にかなっていました。

日本では米軍撤退すべき、日本は為替操作している、など日本に関連する部分
だけを日本では報道するのですが、トランプは中国にもロシアにも厳しいことを
言っています。また、メキシコとの間に壁を作るとか、イスラム教徒入国禁止
とかの過激発言が問題になっているのですが、なかなか解決できない米国の
難題(貿易赤字、テロ)に劇薬の処方箋を出したとも言えます。

これらの発言は目立ちますが、トランプの主張のごく一部に過ぎません。
トランプの主張の全体を聞いて私は感心しました。なかなか問題の本質に
迫っている上、米国が長年直面している難題に正面から取り組もうとしている
気迫を感じました。

米国の統計数字をよく見ないと気付きませんが、米国経済が回復しても、
米国民の所得は回復していません。2004年を100とすれば、米国民の実質
平均所得は97に落ちました。多数派が形成する中央値はなんと95に落ちました。
さらに所得下位10%は92に落ちました。所得上位の5%だけが101に増えました。

つまり、共和党ブッシュと民主党オバマの政権下では、少数のスーパーリッチ
を除けば、殆どの米国民はこの12年間どんどん貧乏になった訳です。民主党政権
の下でこの傾向が強くなったのはまた皮肉なことです。

故に米国民はもはや政党ではなく、大統領候補個人の主義主張に注目している
のです。共和党でも民主党でも従来政策の延長線上にいる候補達は人気がない
のです。これこそ米国マスコミやエリート達が予想もできないトランプと
サンダースの人気の理由です。

格差拡大を食い止める具体的な政策として、トランプとサンダースが共にTPPに
反対し、富裕層への増税を打ち出しているのです。世論を見てクリントンも
TPP反対色を出さざるを得なくなりました。

外交の面においても、トランプの主張はなかなか本質に迫るものが多いのです。
「民主主義の土壌のない中東に民主化を推進しても混乱をもたらすだけ」、
「北朝鮮も会話すれば解決可能」など、米国の主流政治家達がタブーとしてきた
ことに果敢に自分の本音を述べるトランプに、多くの米国人が共感したはずです。

これに対してクリントンの主張は万年政治家そのものです。ウォール街の支持を
得ながら黒人や女性などの少数派にも配慮できる演出をしているのですが、
正直これらは既にオバマに使い果たされました。それよりも彼女は、何か新しい
ことを米国にもたらすために大統領になるよりも、なるべき人が大統領になる
という執念がミエミエです。これも有権者に伝わっているのです。

残り半年、何が起きるかはわかりませんが、ヒラリーが大統領になっても
トランプの影響力は既に勝ちました。米国民のこの変化は、同様に大手企業と
大手マスコミに頼る安倍政権に影響を及ぼさない訳がありません。



(終わり)