元恋人の恋愛現場に居座れる

 

 

                                                            宋 文洲

世の中にいろいろな方がいらっしゃるのでこの質問に「はい」と答える方は
当然いるでしょう。私の場合は別れたとはいえ、元彼女が目の前で他の男性と
いちゃいちゃしているところを見たくないので見えるところに絶対いないようにします。

 

先日、ソフトバンク孫正義社長(58歳)が「急に淋しくなった」と言って
宣言していた社長交代を撤回しました。「自ら経営の一線から引退する、
いざその時期が近づくと、やっぱりもう少しやっていたいという欲望が出た」
と心情を吐露しました。

 

孫さんの率直さと素直さに感心しますが、改めてカリスマ経営者であっても
経営者と企業との関係においては普通の人間心理に左右されることに安堵を覚えます。

 

思えばもう一人の素晴らしい経営者ユニクロの柳井さんも同じことをやりました。
それもたったの10年前でした。玉塚さんを社長に選び、自ら引退を宣言した
柳井さんは見事に我慢できず社長に戻ってしまいました。その時の説明は今回の
孫さんほど素直ではありませんでしたが、たぶん状況も心情も瓜二つでしょう。

 

長く経営をやっている経営者友人の多くは引退の夢を語ります。しかし、
その語った通りに辞めた人は極めて少ないのが現実です。特に自ら引退の時期を
決められる立場にいる経営者は殆どと言ってよいほど、語った通り計画した通りに
引退していません。

 

いろんな我慢と苦労をしてあれだけ大きな業績を残した人がなぜ引退に関しては
自分の意思に従えないのかと悩んでいたところ今回の宋メールのタイトルを
思い付きました。

 

経営は基本的にルールがあります。市場性のある事業に合理的なコスト構造で
投資していけば、基本的に事業が成り立つのです。その時々の顧客を満足させ、
従業員に良い職場を提供し、利益を株主に還元すれば企業は無限に続けられます。

 

しかし、経営者は無限に続けられる人はいません。そのことが分からない経営者は
いません。分かっているからこそ、会社に未練があるからこそ、自分の後の体制を
心配してしまいます。

 

そのため、殆どの経営者が思い付くことは愛している企業のために良い後継者を
探すことです。孫さんもこのために米国に通って高い報酬でインド人の後継者を
口説きました。入社後は「毎日一緒にいる」という相思相愛状態でした。

 

ではなぜ1年余りで孫さんはこうにも大きく変わったかといえば、それは孫さんの
後継者選びが間違ったからではなく、「いざという時」の自分の人間心理と
その対処法が分からなかったからでした。

 

会社に多くの仲間と膨大な財産(株式など)を残しながら辞めていくのはとても
難しいことです。「愛着と責任」と綺麗ごとを言う経営者も多いのですが、
辞めて行く経営者は急に一人の普通の人間になってしまうため、孤独を感じて
しまうのです。もし会社の多くの株を所有しているならば、自分の納得できない
経営が行われた場合、損した気分にもなるのです。

 

日本社会は所属している組織の大きさとその組織における立場で人間を見るため、
多くの部下や取引関係者から神様のように扱われてきた人間が、会社に行かず、
仕事関係者と合わず、個人として行動するには大変な恐怖と不安を覚えるはずです。
彼らは何十年にも渡って個人として生きた経験を持っていないからです。

 

そのために死ぬまで会社に何らかのポストを残し、いつでも会社に行けるように
するのですが、結果的に毎日通うことになってしまいます。また毎日通うと
次期社長の経営現場や次期社長に気を遣う元部下達の眼差しが見えてしまうのです。
愛していた事業と部下が冷遇に遭うことも目に入ってくるのでしょう。

 

こういう現場を一年も見続けると殆どの人間は耐えられなくなります。これを
分かり易くするためにタイトルのようなたとえを使ったのです。孫さんは本当に
会社を辞めたいならば、ビルゲイツのように株式を手放し、会社に通うことを
止めることです。まあ、もう無理でしょうね。



(終わり)