こんなことを証明した今年のノーベル経済学賞

 

 

                                                            宋 文洲

結婚についてよく聞かれる話は「結婚は人生の墓場」です。これは現実でもあり
婚後努力を促す警告でもあるのです。今年のノーベル経済学賞を受賞したBengt
Holmstrom氏とOliver Hart氏の経済学理論は意外にも人々が常識に思ったことを
理論的に証明したのです。


結婚する前の男は気遣いが十分ですし、約束を守り行動で相手の好感を勝ち取る
のです。彼女の良い反応は一種の「業績給」です。女性も似たような状態です。
彼氏の部屋に来て嫌いな掃除をあたかもよくするようにこなすし、慣れない
料理も頑張ってしまいます。喜んでくれる彼の反応が励みになります。


しかし、結婚証明書をもらうと男女関係は契約によって保障されます。この終身
雇用に近い安定感は人間の危機感を無くし、怠け本能を誘い出すのです。
その結果、多くの夫婦関係が結婚後35年以内に墓場に入ってしまうのです。


約束(契約)には多くの限界があります。まず、人間の状態は不安定です。
いつも約束を守る訳ではありません。次に約束の言葉が示す範囲や達成基準は
曖昧です。最後に、自分に不利な情報を漏らさない人間の本性が、情報の
不透明性をもたらし、約束の完全検証を不可能にしているのです。


そこに努力の役割が出てくるのです。もし、男女が愛のために努力を続け、
語り合えば状況と心境の変化に伴って新しい認識と約束が生まれるのです。
結婚は当初の夢から別の夢に向かうこともあれば別な幸せに変わっていくことも
よくあるのです。


企業の契約と評価も似たようなものです。就職する際の会社や上司からの約束は
あくまでもその瞬間のことに過ぎないのです。双方が満足するように努力しないと
契約で縛られない部分で不満をぶつける方法はいくらでもあります。なぜならば
そもそも契約で辞書のように細かく規定しても実際の状況と必ず食い違うのです。
この食い違いや曖昧さが出現した時、契約の一方が勇気を出してそれを明確に
していくことが重要ですが、この時に一番頼りになるのは平素の努力と信頼関係です。


成果主義も同じです。そもそも成果の中身は部分的にしか規定できません。
次に規定していた中身の評価基準も変化するものです。100%成果主義にたよると
破綻するのは当然です。それならばと努力と態度などの定性的評価だけをもって
人を評価すると属人的になってしまうのです。結局、個人と企業が心の通じる
努力を行い、信頼関係をもっていればこそ、はじめて成果やKPIの数字評価を
手段として使いこなせるのです。


日本の従来の「終身雇用と年功序列」が良いという人も出てきますが、
実は「終身雇用」と「年功序列」も「契約」なのです。社会全体にわたる
契約なのです。


契約はあくまでも手段に過ぎず、結婚も就職も努力と信頼が一番大事である
ことを証明したのが今年のノーベル経済学賞です。別にノーベル賞学者に
言われなくても分かっていますが、契約は手段に過ぎず、大事なのは努力と
信頼であることを科学的に証明してくれることに大きな意味を持ちます。


選挙制度は約束が中心です。国際政治も契約で動きます。しかし、本質は
約束や契約そのものではなく、政治家と選挙民の間、そして契約国同士の
信頼関係であることが、科学として認知されれば、人類社会の在り方に
いずれ大きな影響を与えるでしょう。




(終わり)