TPPは神風にならぬ

 

 

                                                            宋 文洲

十数年前から、私は日本はもっと早く他国との自由貿易協定FTAを締結すべきだと
主張してきました。日本経済の活性化と開放性を高める効果があるからです。
保守勢力の反対でなかなか進まない中、8年前にTPPの議論が始まりました。
これにも私は賛成しました。どんな形でもいいから日本経済のオープン性を
高めるべきだと思ったからです。

しかし、ここ数年においては、私はTPPに反対するようになりました。
理由はTPPの議論が本来の経済活性化やオープン性から変質して政治色を
強めたからです。

安倍政権がTPPは「中国に主導権を渡さない」、「中国をけん制する」ための
道具だと強調しているからです。中国人として不快だからではなく、一経営者として
それは邪道だと思ったからです。

ビジネスマンの皆さんなら分かると思いますが、企業同士の体制や理念が違っても、
競合関係があってもビジネスはちゃんと行うものです。好きな仲間だけと特別な
ルールで交易し、嫌な会社や経営者を交易から排除するような発想はビジネスマンの
発想ではないのです。シルクロードが偉大な交易ルートになったのは体制と文化の
相違を問わず、相互の有無や長所短所を補うことに専念したからです。
貿易の素晴らしさはそこにあるのです。いや、貿易とはそういうものなのです。

TPPのルールに国家の体制や法律を管理するような条項が入っています。
「中国にルールを作らせない」、「中国にリードさせない」などの政治スローガンも
叫ばれました。中国は他国が勝手に作ったルールに興味がないように、他国に
ルールを強制することにも興味はないはずです。中国は直接当事者のメリットに
集中するのみです。これは我々ビジネスマンが顧客の個別対応に力を注ぐことと
同じシンプルな原理です。


どんな市場でも、交易はあくまでも一対一です。市場に参加すれば物が自然に
売れる発想は顧客無視の甘い発想です。TPPであっても、本来、交易はあくまでも
2国間の物の有無と長短を交換するのみです。強制するようなことがあれば各国は
自然にあの手この手を使って抵抗するはずです。いくら企業が国家を訴えることが
可能といっても、そのための時間と労力は大変なもので執行性が低いのです。
このような非効率性を知ってイギリスがEUを離脱し、米国はTPPを離脱するのです。


交易の原則論で言えば政治色が強くなればなるほどその交易の生命力と生存力が
弱くなるのです。これは資本主義が社会主義に勝った理由でもあるのに、
資本主義のリーダーを自認する米国政治家の一部が政治色の強い貿易協定を
進めるとは驚きでした。

また、社会主義と自称する中国が政治色を持たず、すべての国とオープンに
交易するのは皮肉です。AIIBが示したように、世界のあらゆる国にドアを開放し、
反対してきた米国と日本を未だに誘っているのです。中国に魅力があるからではなく、
中国が主張しているAIIBの開放性と気安さが参加国にとって快適だからです。

トランプが大統領として相応しいのは本質を見抜く力があるからです。交易は
あくまでも米国のメリットになるかどうかを優先するのです。政治色の強いTPPは
米国内の不満と格差を広げるのみです。中国同様、米国もあくまでも個別交渉の
FTAを通じて米国のニーズと利益を獲得するのです。

本来、日本も自国の国益を優先して異なる国と異なるFTAを急ぐべきでしたが、
安倍政権になると経済問題の政治化が進み、二国間のFTA交渉をストップして
しまいました。その代わりにTPPを「成長戦略の要」と称して神風のように
全ての希望を託したのです。


上述のように、TPPは発効しても神風にはなりません。また、神風に国民の
運命を託してはいけないことは、日本の政治家達は敗戦を通じて学んだはずです。


半年前から、トランプが代表している米国の変化は「安倍政権に影響を及ばさない
訳がない」と警告しましたが、残念ながら私のような「反日分子」の進言は
安倍総理の耳に届く訳がありません。



(終わり)