トップの体質は組織を決める

 

 

                                                            宋 文洲

劉邦は大の女好きですが、秦の王宮を攻め落とした時、宮内の美女たちに
手を付けずにそのまま項羽に明け渡したのです。私欲を我慢したのは劉邦に
天下をとるための志があったからです。


それだけではありません。耳に痛い話をよくしてくる蕭何や媚びを売らない戦略家
張良、そして変わり者の韓信を重用していました。劉邦が天下を取った最大の理由は
自我と感情を我慢し、天下取りに何が必要かを常に冷静に判断したからです。


始皇帝も天下統一のために自分の私欲と感情をよく制御したと言われています。
彼は常に一人の官僚に距離をもって自分に随行させ、自分が感情的になった時に
「あなたは天下統一の夢を忘れたか」と叫ぶように指示しました。距離がないと
始皇帝が感情に任せて彼を切りつける恐れがあるからです。


企業も同じです。志のある社長は決して好き嫌いで人事を決めませんし、
友達経営もしません。そんなことをしてしまうと、有能な人材が居なくなり、
組織全体の求心力が下がり、志の実現が難しくなるからです。


どんなトップでも自分がトップに相応しくないとは自ら思いません。
トップになった以上、トップでいることを当然だと思うのです。
そして長くやればやるほど、自分のなすことが正しいと勘違いするようになり、
部下たちも媚びを売るようになります。この罠はとても居心地が良くて
逃げ出す原動力がなかなか生まれません。


唯一、志のあるトップはそれを看破し、組織力が最大化になるように反対派や
個性に気を配り、トップ個人の好みや感情が邪魔にならないように
あの手この手で工夫するのです。


この部下の独立性や内部の反対勢力を包容する力こそがトップの最も重要な
素質です。宋メールでも何度か紹介したように、これが中国の
「宰相の腹中を船が行く」という諺の由来です。


よく「企業理念」をアピールする経営者がいますが、私は常に懐疑的です。
正直綺麗ごとを言うトップに限って自分の私情私欲が強くて自分じゃないと
会社が潰れると平気で言うのです。今のトップの反対派であっても、
会社を良くしてくれる人がいてこそ、強くて良い会社です。


ここ数年において、私が安倍首相に厳しい意見を持ち続ける理由はまさに
このトップとしての志の問題です。彼がお友達ブレーン(御意見番)の
アドバイスを受けて次々に打ち出した理念(アベノミクス、美しい日本、
一億総活躍、TPPが成長原動力、人づくり改革)はまさに経営理念を売りものにする
ダメ経営者の常用手段です。一つの理念の賞味期限が切れるとすぐ別の理念を
持ち出して人々の注意を逸らすのです。


好き嫌いな閣僚人事(お友達内閣)、支持者との癒着(籠池、加計)、
反対派への感情的言動(「こんな人たち」)など、私にしてみればどれも
トップの素質問題であり、志のない証拠です。世界的景気回復に乗って
官僚とマスコミをコントロールした結果、人気を得たものの、
その本質はいずればれると思っていました。


体質問題をそれぞれのトップに言わせれば彼らも立派な答えを返してきます。
皆さんが自分の社長を知るには、ぜひ社長の言葉ではなく、社長の腹の広さ、
つまり人事と反対派への処遇を考察してください。


そして人間の体質は変わることがないと理解した方が無難です。


(終わり)