中途半端のおすすめ

 

 

                                                            宋 文洲

「中途半端」には決してよい意味がありません。しかし、私にとって中途半端は

とても大切なことだと思います。

 

日本語にはプロ意識という言葉もあります。まさに中途半端を徹底的に排除する

意識です。しかし、プロには多くのリスクがあります。プロになるには自分の

大切な投資である時間と労力を同じことに集中させてしまうのです。若いうちに

こんなことをするのはリスキーなのです。

 

私は子供に日本語のほか、中国語も英語も覚えさせています。小さい時から

それぞれの言語環境の中で生活や学習をしてきたので、どの言語もネイティブ

ですが、実はどれも中途半端です。先日、中学生にもなった息子が日本語の

「景気」の意味が分からないと言うのです。

 

一瞬、中学生なのに「景気」も知らないのは大丈夫なのかと心配してしまうの

ですが、考えてみれば子供は同時に三カ国語を覚えているので、一カ国語しか

覚えない同級生と比較するには無理があります。

 

そのかわりに私の子供達は何かを調べるとき、日本語のみならず中国語と英語

でも検索します。相手が日本語を話す時は自然に日本語で応じるし、中国語や

英語が聞こえると条件反射的に相手の言葉を話すのです。難しい言葉を覚える

のは遅れてしまうのですが、大きくなってどれかの言語を集中的に使う時、

自然にその言葉を深掘りするのです。

 

「日本語も中途半端なのに外国語なんて」という人が日本にたくさん居ますが、

だいたい言う本人は外国語を話せないのです。人間の考えの深さは言葉の難しさ

に比例しないのです。現に知恵のある人ほどシンプルな言葉を選び、無知な

人ほど難解の言葉を好むのです。

 

中途半端だと成功しないという考えはあります。これは職人やプロの世界の

話です。つまり条件で競争し、同じ物差しで成果を測る場合、その深さで

成功を測るからです。同質社会では、職人やプロではなくても、同じ物差しで

人生を測る傾向があるため、どうしても余計なことを覚える人間には不利です。

 

しかし、ビジネス、特にベンチャービジネスはこの限りではありません。

世の中で既に多くの人々が従事していた事業に参入し、その先人達と比べて

より高度な成果を出すのは難しいうえ、人的リソースの配分から見ても合理的

ではありません。金融でいえば既に買われた株をさらに買うようなもので

折角の投資でも時間が経てば落ちて行くのみです。

 

自分の体験を語るのは恐縮ですが、私は土木工学を研究して博士号まで至り

ました。しかし、創業した会社はIT企業であり、営業効率を上げるための

ソフトとサービスで上場しました。20年前、ITという言葉があまり使われて

いない時代に参考書を読んだり、IT専門の先輩に聞いたりしてプログラムを

書いていました。

 

土木工学で覚えた構造力学や工程管理がIT製品の設計に活かされたため、

独特な発想の製品に繋がりました。それが市場における差別化となり競争力

となりました。

 

中途半端なことを複数身につけると、それぞれのことに潜んでいる共通原理が

自然に見えてくるのです。その共通原理こそ物事の本質であり、成功に通じる

道なのです。そしてある時、人は自然にあることに集中する時期が来ます。

その時に過去の中途半端が全部活きてきます。

 

職人もプロも良いのですが、中途半端も良いことはたくさんあります。

より多くの能力を身につけ、より広い視野を持ち、より多くのチャンスに

出会うために中途半端は大切な戦略なのです。

 

 

(終わり)